Ananda Yoga

精神科領域でのヨガの活用|ヨガインストラクター養成エッセイ

精神科領域でのヨガの活用

Ananda Yoga

精神科領域一般への有用性と統合失調症患者に対するヨガの適応について

T.はじめに

近年のヨガブームは、「ダイエット」「お洒落」等の若者イメージから始まった印象がある。しかしブームが続くにつれ、「高齢者の健康維持」や「リラックス作用による気分の安定」等、若者流行以外の分野からも注目されるようになってきた。

いまや世の中のヨガスタジオ(教室)に通う人々の目的は多種様々であり、教室以外の高齢者施設やリハビリ施設、病院等でも「ヨガセラピー」としてヨガが活用されるようになっている。

特に精神科領域では近年、ヨガの活用が盛んである。病院や施設、入院・外来患者を問わず、プログラム活動としてヨガを実施していたりする。理学療法士や作業療法士などのリハビリスタッフが見様見真似で「ヨガらしきこと」を実施している場合もあれば、他所のヨガインストラクターと契約して実施している場合もある。

実際、私自身も精神科のデイケアで、プログラムとしてヨガを実施して6年ほどになる。当初はヨガの理論もわからないまま「ヨガらしきこと」をやっていたに過ぎない。

しかし長く実施するにつれ、その患者に及ぼす影響や言動の変化、症状に対する作用の差などに興味を持ち、観察や患者との振り返り、評価をしながらプログラム構成を考えたり、それらを日常の関わりに生かしたりするようになってきた。

今回、ヨガを体系的に勉強し、エッセイを書くことにより、それらをまとめ、考察を深める機会としたいと考えている。

U.精神科疾患全般におけるヨガの活用について

一般的な認識

ヨガの精神的な作用として、「ヨガ=気持ちが落ち着く」という図式が一般的なように思う。知人や家族、患者や同業者に尋ねても、この回答がほとんどである。

イメージとして、「深呼吸すると気持ちが落ち着く」「適度に体を動かすと、体がすっきりするから気持ちもすっきりできる」「少し暗いところでやっているから(眠くなるし)、気持ちも落ち着ける」「担当者(私)がゆっくり穏やかに話すから、対象者も穏やかになるのではないか」等の意見があった。呼吸や身体運動による精神面への作用と、環境要因からの作用に分けて考えられるが、今回は前者についてまとめ、考察していく。

ヨガが精神状態に及ぼす作用

1)自律神経の調整

現代人は交感神経が優位なことが多く、また、病気でなくともストレスや生活リズムの乱れで自律神経のバランスが崩れやすいと言われている。特にうつ病や統合失調症、神経症や自律神経失調症等の精神疾患を持つ場合、自律神経のバランスが大きく崩れていることが多い。例えばうつ状態にある人は一般的に、交感神経が常に活性化していることが指摘されている。

ヨガは副交感神経に働きかける。アーサナ中意識的に呼吸と動きを連動させることで、リラックスし副交感神経を優位にしたり、ナディショダナを行うことで自律神経のバランスを整えたりする作用がある。自律神経のバランスを崩している患者に対しては、その調整として活用していくことができると考えられる。

2)内分泌系の調整

うつ病は脳のセロトニン欠乏が一因と考えられており、実際セロトニンを増やす作用を持つ抗うつ薬が、うつ病に効果を示す。

パニック障害や不安障害圏の疾患、強迫性障害もセロトニン異常が一因と考えられており、同様にセロトニンを増やす抗うつ薬が効果を示している。統合失調症や双極性障害に用いられる抗精神病薬にもセロトニンへの作用があり、気分安定薬にもセロトニンの作用が報告されている。このように生理病理学的に見てみると、精神的な疾患はセロトニンが深く関わっていることがわかる。

ヨガとセロトニンの関係を考えたとき、腹式呼吸にはセロトニンの分泌を活発にさせる効果があると言われている。

また、シャバアーサナのようなリラックス系のアーサナや瞑想などにおいて、松果体はセロトニンやメラトニンの分泌を調和させる。セロトニンに着目して考えても、ヨガはセロトニン不足による精神疾患に有用であると言えるかもしれない。

臨床場面からの考察

病理的な面だけでなく、精神科の患者は特に敏感で傷つきやすく、刺激に弱い。日常多くの人々が「なんとなく」こなしていることにも「全力で」挑まないとこなせなかったりするため、日々緊張の連続である人も多い。

道で他人とすれ違う方法がわからなくなり歩けなくなる。テレビの音で混乱する。人に話しかけられた内容が頭の中で処理できず、会話ができない。そのような体験を繰り返すことで、対人緊張や外出不安を生み、更に日常生活における緊張感が増幅する。

緊張は交感神経を活発化させ、更なる自律神経の乱れを生じさせる。ヨガによる副交感神経への作用は、これらの人々の緊張緩和と精神的な安定へ、大きな効果をもたらすのではないだろうか。

V.統合失調症に対するヨガの活用について

統合失調症とは

統合失調症とは、思考や行動、感情をひとつの目的に沿ってまとめていく(統合していく)能力が長期間にわたって低下し、その経過中に幻覚や妄想、まとまりのない言動が見られる病態である。

それらの症状は一般的に、幻覚、妄想、思考障害等を陽性症状とし、感情の平板化や思考の貧困化、意欲の欠如や自閉傾向等を陰性症状と分類する。その他、記憶力の低下や注意・集中の低下、判断力の低下等の認知機能障害が出現したりする。

幻覚・妄想は比較的薬物療法に反応するが、その後も上記の能力低下を改善し社会復帰を促すために、長期にわたる治療、支援が必要となる。

その原因は十分明らかにされていないが、遺伝的な要因と環境的な負荷、特に対人的な緊張が重なって発病に至ることはほぼ認められている。生涯罹患率は0.7%、発症は10代後半〜30歳代が最も多い。

臨床場面での疑問

私自身が、精神科のデイケアにおいてヨガを行っていく中で最も難しかったのが、統合失調症の患者の陽性症状への対応である。

精神科病院のデイケアという特性上、男女や20〜70歳代の年齢層の広さはもちろん、急性期〜慢性期の患者、統合失調症、うつ病、神経症や発達・人格障害等、障害やその程度も様々の患者が対象となる。

その全員にある程度、身体的・精神的効果の得られるようなプログラム構成を考え、約60〜75分のクラスを行っていく。

統合失調症の患者といっても症状や病態は人それぞれである。陰性症状がメインの患者は淡々とアーサナを行っているように見えるが、終わったあと少し表情が緩みやすく、感情の言語化がしやすくなることがある。

認知機能障害が強い患者は、アーサナの指示が理解できずに混乱することもある。焦燥感の強い患者は、特にクラス前後の精神状態の差が大きく、ヨガを行うことにより安定したという自覚も強い。

一方で、陽性症状、いわゆる幻聴に対する独語・空笑の出やすい患者は、ヨガを行うことで、その症状が悪化することが多いように感じる。

初めは、静かな状態にあることが幻聴の世界に入りやすいのではないかと、適宜声かけしながら現実の世界に戻そうとしていたが、ほとんど効果がなかった。ヨガを毎週繰り返し続けていくことでなんらかの変化が出るのではないかと試行錯誤しながら続けてみたが、結局毎回同じように、ヨガを行うたびに症状が悪化するのである。

症状の増悪したような状態は、当日は続くが、翌日来院するときには落ちつき、いつもの状態に戻っていることが多い。ヨガが影響しているのか、あるいはその患者自身の病状の変化によるものなのか、判断できずにいた。

では、統合失調症の陽性症状に対し、ヨガのアーサナはどのように作用するのだろうか。

統合失調症に対するヨガの活用研究

うつ病や神経症、不安障害等に対するヨガの効果については、多くの研究がなされており、有効性も示されている。しかし、統合失調症に対しては、あまり多くの研究はなされていないように感じる。この機会に、文献や研究・学会発表等の資料を探してみたが、数が少なかった。

内容としては、ヨガでの介入群と他のエクササイズでの介入群とを比較するものが多かった。PANSS(統合失調症の精神症状を把握するための評価尺度)総合点やQOL(生活の質)においては、両群とも低下していた。

PANSS陽性症状を除き、ヨガ群のほうが有意に改善したという結果もあった。また、PANSS陰性症状の著しい減少が見られたとする報告もあった。

一方で、日本のように長期入院者が多い場合、身体機能の維持や転倒防止に役立ったという、身体面での研究結果もある。瞑想は統合失調症患者の病状を悪化させる可能性が高いため、実施しないという研究方法も多かった。

統合失調症患者がヨガを行うことに対する
病理学的な影響からの考察

近年の研究で、統合失調症発症に関わると考えられているのが、ドパミンやセロトニンなどの神経伝達物質である。

ドパミンとは、気持ちを緊張させたり興奮させたりする神経伝達物質である。ドパミンの働きを遮断する抗精神病薬が治療効果を示すこと、またドパミンの働きを活性化する薬剤が統合失調症に似た幻覚・妄想を引き起こすことから、統合失調症の陽性症状に脳内(特に中脳辺縁系)のドパミン過剰が関与しているのではないかと考えられている。

逆に、中脳皮質系の経路ではドパミンの機能低下が見られることがわかり、その影響で陰性症状が発現すると考えられている。

ヨガのアーサナはセロトニンだけでなく、ドパミンの分泌も活性化させると言われている。このことから考えると、ドパミン過剰による陽性症状に対しては、ヨガは逆効果なのではないだろうか。過剰なドパミンが、ヨガにより更に活性化すると考えられるのである。

「統合失調症患者の陽性症状に対して、ヨガを実施しても効果がなく、むしろ悪化している」という私の疑問に対し、これなら理解できると腑に落ちた。病理学的に、ヨガを行うことでもともと過剰なドパミンが更に分泌され、それにより陽性症状が更に悪化するのである。

一方で、ドパミンの機能低下による陰性症状に対しては、ヨガは有効と考えられる。参考文献とした研究結果においても、陰性症状には著しい効果が見られ、陽性症状には有意な効果が見られなかったのも、このためであろう。

統合失調症では、陽性症状と陰性症状が併発していることが多く、一概に「効果がある」「悪影響である」と断定できるものではないだろう。

陽性症状にのみ焦点を当てれば悪影響であるが、併発している陰性症状には良い作用を及ぼしている可能性もある。このように考えると、統合失調症患者にヨガを実施する際には、病状を的確に把握し、実施中の病状の変化に、特に留意していく必要があると考えられる。

W.まとめ

今回は精神疾患一般だけでなく、統合失調症の症状からヨガの活用について考えてみた。「ヨガは気持ちを安定させる」「精神科の患者にヨガは良い」という意見は一般的にはとても多いが、一概にそう言い切れるものではないだろう。

実際、私自身が臨床場面で疑問に思っていた統合失調症患者の陽性症状の悪化について、病理学的な面からも有用ではないという仮説を立てることができた。

ただ、精神科領域においてヨガのクラスを行うことは、アーサナから得られる精神的作用以外にも意味があるだろう。

定期的に参加することで、クラスへの所属意識や満足感を得ることが出来る。運動の機会や運動習慣として、身体機能面への効果も大きいだろう。

学んだヨガの理論をきちんと自分自身の中で消化した上で、アーサナをツールとして活用する「ヨガらしきこと」を行うのではなく、対象者個々に有用な「ヨガ」を行っていきたいと、改めて考えさせられる機会となった。


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