Ananda Yoga

ヨガと筋膜|ヨガインストラクター養成エッセイ

ヨガと筋膜について

Ananda Yoga

ヨガと筋膜

私自身は普段、理学療法士という職業に身を置いているため、Yogaのアーサナや呼吸法を西洋医学である理学療法の治療にも活かしていきたいと考えています。

そこで今回は、理学療法の治療対象となる“筋膜”を動かし伸ばすという観点からYogaのアーサナやプラナヤマを捉え、筋膜、筋膜のつながり、アーサナとプラナヤマによる筋膜滑走の促しや筋膜から自律神経系へ働きかけることについてポイントを絞り、筋膜の特徴を紹介しながらまとめてみました。

最後には、近年注目の身体心理学とYoga哲学に共通する考え方について興味深い点があったのでご紹介します。

まず筋膜とは、簡単に言うと皮膚の下にあり身体中を張り巡る繊維状の結合組織で、全身ボディスーツのようなイメージで考えるとわかりやすいと思います。そのスーツに穴が開いたり、どこかが縮まってしまったりと、しなやかな伸び縮みができない箇所があれば、それを着ている身体はスムーズな身動きがとりにくくなります。

胸郭や横隔膜も大きく動かすことができなくなるので、深い呼吸もできなくなります。そんなボディスーツの着心地は悪く、心地よく動く事が難しいので、動く意欲も低下していってしまいます。実際には、怪我や病気、日常生活や仕事での姿勢や動き方の習慣などによる心身への負担が原因で、ボディスーツである筋膜は厚くなったり、短くなったり、堅くなったり、ねじれが生じていきます。

その上、動きにくくなった筋膜の箇所(癒着)があると遠く離れた場所で余計な伸び縮みをしなければならなくなるので、原因となる部位とは別の所での凝りや痛みまで引き起こしてしまいます。

そして筋膜がつつんでいるのは筋肉だけではなく、骨や内臓、血管、神経など身体全体に縦横無尽に張り巡り、包み、支え、1つにまとめて体を形作っています。そのため、筋膜の動きが悪くなり癒着が起こると、筋膜の中を通る血管や神経まで押しつぶされてしまったり、それによって酸素や栄養が各臓器に行き渡らなかったり、隣り合う臓器が自由に滑らかに働くのを妨げバランスを崩してしまうため、身体は正常に機能しなくなってしまいます。

正常に機能しなくなった状態を筋肉で表すと、主動筋と拮抗筋を同時収縮させたような反応、車で言えばアクセルとブレーキを同時に踏んだような状況が、身体の内で起こってしまうということです。

ここで、もう少し詳しく筋膜の特徴を紹介していきます。

筋膜は軽いタッチに対する感受性が高い特性があります。筋膜の内にあるルフィニ終末や自由神経終末などの触圧・温冷・痛み感覚の受容器が交感神経の活動を抑制する効果があります。また、筋膜から得られた感覚情報は感覚神経から脳へ送られますが、脳から筋膜への運動神経は存在しないため、タッチなどの筋膜への直接アプローチが必要なのです。筋膜は筋肉のようにコントロールはできませんが、感受性が高いので身体のセンサーとして重要な役割を持っています。

そのセンサーのスイッチが入っていれば、身体中の様々な部位とバランスを取りながら長さや張力を適切な状態に保つという、高い自己調整能力を持っているので、筋膜の癒着や滑走不全を取り除いていくことは、センサーの感度を上げる意味でも重要です。

さらに筋膜は、身体の中で2つの大切な役割を担っています。

一つ目は、スペーサーとして身体の空間を確保する役割です。筋肉を含む身体のあらゆる臓器は、臓器が安定して存在できる空間の確保がなされていれば、身体内部の臓器は随意的にコントロールしなくても適切に機能し、本来あるべき構造を保つことで自己調整の力を適切に維持できるのです。

Yogaのアーサナやプラナヤマを通してスペーサーの機能を引き出しておくことは、西洋医学的観点から見ても体性神経系だけでなく内臓などを調整する自律神経系への働きかけとしても大変大事になっています。

二つ目は、スペーサーにより場が確保された臓器どうしをつなぎとめたり、身体の各部位を連動させたりして全体をまとめるコネクターの役割です。例えば、各関節は一見離れて存在していますが、関節運動が起こるときには必ず他の身体部位や関節の協調運動が起こっています。それを直接つなぐのは筋肉ではなく、筋膜なのです。筋膜が適切な筋の張力と流動性を保つことで、関節運動の情報伝達が行なわれ、自然な動きの連動性が引き出されています。

また筋膜は、筋肉と内臓をつなぐコネクターにもなります。

消化器系の機能不全により胃が拘縮すると、その緊張は筋膜を介して周辺の筋肉にも連鎖していきます。その逆も然りで、無理な姿勢により腹部の筋肉の緊張が胃に悪影響を与えるということもあります。

そのため理学療法の治療を行なうときは、筋肉や内蔵などの臓器をそれぞれ個別に見る方法も取りますが、それらを全てつなぎとめている筋膜の状態に着目して、複雑な因果関係を考慮した治療展開をしていくと的確な働きかけができるのです。一般的に、身体のある場所に制限がある場合、制限のある箇所に直接働きかけるよりも、そこにつながりを持つ別の場所から間接的に働きかけた方が効率よくスムーズに反応を引き出せる傾向があります。

制限のある場所は流動性が滞り、反応が鈍くなっているので、むしろ反応の良い別のところからアプローチした方が自己調整能力を引き出しやすいのです。

次に、筋膜のつながりについてThomas W. Myersの提唱した考え方を紹介します。

彼の示した筋膜のつながりはAnatomy Trainアナトミートレイン(筋-筋膜経線)と言われ、理学療法では筋膜の生理化学的特徴やそのつながりを利用した治療展開を行っていきます。その筋膜が適切に伸縮できる状態にすることは、初めに記した筋膜のアンバランスによる身体の歪みを改善することにつながります。

Yogaの各アーサナによりストレッチや筋収縮の効果があり、筋膜滑走が促されます。但し、ストレッチだけでは取り除くのが難しい筋膜の滑走不全がある場合は、私たち理学療法士は徒手や物理療法を使用し、その癒着をできるだけ取り除いてからストレッチを行います。

それでは、各アナトミートレインの紹介です。

スーパーフィシャル・バック・ライン(SBL)
足趾~足底筋膜~踵~膝関節~股関節~仙骨~後頭~眼窩上隆起
機能:姿勢面への影響が強い。立位で働き、立ちポーズを保つ。

ストレッチや収縮に適したアーサナ
『スネーク』『バッタ』『ブジャンガ』『ブリッジ』『マルジャリ』『タイガー』
『パーダスターアーサナ』『パッチモッタアーサナ』
『パルバッタアーサナ』『ボート漕ぎ』『解き放ち』
『ハラアーサナ』『太陽礼拝』等

スーパーフィシャル・フロント・ライン(SFL)
足背~下腿前面~大腿四頭筋~腹直筋~胸部筋膜~胸鎖乳突筋~頭皮筋膜
機能:SBLとバランスを取りながら立位姿勢で機能する。
腹腔内の組織を保護する。

ストレッチや収縮に適したアーサナ
『足上げ・回し』『サイクリング』『ボート』『上体揺らし』
『チャクラアーサナ』など後屈系
『マルジャリ』『タイガー』『ハーフムーン』『肩のポーズ』
『マツヤアーサナ』『弓』『解き放ち』
『スリーピング・バジュラ』『太陽礼拝』等

ラテラル・ライン(LL)
長腓骨筋~腸脛靭帯~大腿筋膜張筋・中大殿筋~腹斜筋~肋間筋~頭板状筋・胸鎖乳突筋~後頭部
機能:動作よりも体幹部の側方移動や回旋の制御“ブレーキ”として働く。

ストレッチや収縮に適したアーサナ
『ゆれるヤシの木』
『トリコナアーサナ』等

スパイラル・ライン(SPL)
後頭部~板状筋~下位頸椎・上位胸椎棘突起~菱形筋~前鋸筋~外腹斜筋~内腹斜筋~大腿筋膜張筋~腸脛靭帯~前脛骨筋~第1中足骨底~長腓骨筋~大腿二頭筋~坐骨結節~仙骨~脊柱起立筋~後頭部
機能:身体の回旋やそれに伴う動作の制御を行なう。単独で機能することはなく、SBLやSFLとともに脊柱のバランスを保つ。

ストレッチや収縮に適したアーサナ
『アーダ・マッチェンドラアーサナ』などひねり系アーサナ
『トリコナアーサナ』『背骨回し』『カティチャクラ』
『カラス歩き』『腹部伸ばし』『背中と背骨』等

アームライン(AL):4種 ―基本的には体幹部と接続し機能する。

DFAL:小胸筋~上腕二頭筋~橈骨~母指球~母指外側
機能:物を握るとき母指のコントロールをする。

SFAL:大胸筋・広背筋~上腕内側筋間中隔~手指屈筋群・手根管
機能:物を持って持ち上げるなどの上肢の運動に関わる。

DBAL:肩甲挙筋・菱形筋~肩回旋筋腱板~上腕三頭筋~尺骨~小指球
機能:回旋筋腱板はからの安定化に重要な役割を果たしている。

SBAL:僧帽筋~三角筋~上腕外側筋間中隔~手根伸筋群
機能:バックスウィングなどの腕の大きな動きに作用する。

ファンクショナル・ライン(FL):3種 SPLと連動

BFL:広背筋~胸腰筋膜~大殿筋~外側広筋~膝蓋骨~脛骨粗面
機能:ボールを蹴るとき振りかぶる動作など上下肢が連動して回旋する動作に働く。身体を弓のように使う時。

収縮に適したアーサナ
『スネーク』『バッタ(バリエーションⅠ)』『弓』『太陽礼拝』等

FFL:大胸筋~腹直筋~恥骨結合~長内転筋~大腿骨粗面
機能:ボールを蹴る瞬間からフォロースルーするまでの動作など回旋系の動作に働く。

収縮に適したアーサナ
『タイガー』『太陽礼拝』等

FFL:広背筋~外腹斜筋~縫工筋~鵞足
機能:bと一緒に機能する。

ディープ・フロント・ライン(DFL)
長趾屈筋~後脛骨筋~膝窩筋~内転筋群~腸骨筋~縦隔・横隔膜~頸部深層
機能:呼吸に大切なラインで体幹部では自律神経とも密接に関連する。SFLをしっかりと働くようにしてから介入するのが好ましい。

以上7つのアナトミートレインを意識して、効果的に筋肉を伸縮させることでより効率的な身体運動を引き出すことができるでしょう。

そして最後に、近年ソマティック心理学(日本語では身体心理学や心身心理学と訳す)という心身の関係性を重要視した心理学が、日本の心理学分野や理学療法業界にも治療の一助として入ってきています。

心理学者である春木豊さんの著書『動きが心をつくる』の中では、姿勢や呼吸、歩き方などの身体の動きが心にもたらす影響や、心の起源を動物の発生起源にまでさかのぼり進化生物学や運動生物学の歴史的知見を応用しながら心身の関係性を興味深く紹介しています。

身体心理学は、中枢神経が末梢神経を一方的に統制・制御しているのではなく、末梢神経の身体性と中枢神経の高度な観念操作機能とが相互的に作用している、という考え方を前提としています。心身二元論的な分断を避けて、身体的要素との関連の上で心理学研究・実践を進める心理学の一分野です。

身体心理学の末梢である身体を動かすことで中枢神経系の心に働きかけていくというアプローチ方法が、Yogaの心と体は基本的に同じものであるので、微細な心よりもコントロールしやすい粗大な身体のコントロールを行なっていくという考え方に共通するところがあり、今後もこの学問分野とYogaの共通点に着目しながら日々の理学療法も行なってみたいと思っています。


<ヨガインストラクター養成エッセイTOPへ戻る>